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高野孝子の 地球日記 |
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デナリ国立公園の特別な案内人
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6月23日夜、デナリ国立公園入口付近の小さな小屋に到着。夜とは言ってもすでに白夜で、山並みがバックライトを浴びているかのように輝いていました。 翌日から約4日間、野生動物と原生に近い自然で知られ、星野道夫さんも通った広大な公園で使うことになっていました。
ジニー・ウッドとシリア・ハンターという、アラスカのガイドブック(少なくとも英語で書かれているもの)にも紹介される、80歳代の女性二人。デナリ国立公園で最初のキャビン、キャンプ・デナリを始めた人たちです。私は映画監督の龍村仁さんの紹介で、数年前に二人と知りあいました。 キャンプ・デナリを始めた1951年当時はまだ道路が建設されておらず、こんなところにわざわざ観光客なんかいないと誰もが思っても当たり前の状況だったようです。
彼らに言わせれば、自然が好きでこんなところまでやって来る人たちに、安心して休めるところとおいしい料理を出せればいいと思っていたということです。ジニーは、来た人たちと一緒にあたりを歩けたら素敵だと思ったんだよ、と言います。「私たちは若かったからね。商売が成立するかなんて二の次だったよ」とシリアが肩をすくめて笑います。実際、最初は商売になっていなかったようです。 1950年、最初の建物を建てるために、ビキニ姿でつるはしをふるうシリアの写真が 残っています。
「ここにいるだけで、本当に素晴らしい人たちに出会えた。何かわからないことが あっても、客の中の誰かが答えることができるというようなことが何度もあった」と 二人は言います。
キャンプ・デナリは1976年に、それまでスタッフとして働いていた若い夫婦に売却され、彼らが現在のオーナーですが、ジニーとシリアは、私的に使っていたA-FRAMEの小屋と周辺の土地をそのまま持っています。公園内ではそこに泊まってあちこち行くという計画でした。 国立公園には「パークロード」という約150キロ続く一本道があって、そこだけが車で行ける場所です。それも自家用車は最初の22キロほどまで。あとは公園のバスと、道の終点付近にある宿泊施設が運営するバスだけが道路を走ります。
私たちが公園に入った日は、強烈な日光がさんさんと輝き、ものすごく暑い日でした。40度はあったかと思うほどです。そして数週間ほとんど雨が降っていなかったために乾燥していてひどい土ぼこりでした。
ただ車が進むたびにジニーが「あっ、ほら、この谷間。ここを行くとね、あっちの稜線にでれるんだよ」「あ、ここここ、これが私の大好きなルートの一つ」と解説してくれるので、想像しながら目でルートを追います。おかげでただのビジターとして景色を眺めるのとはまったく違った受け止め方ができました。
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