高野孝子の
地球日記

デナリ国立公園の特別な案内人

 悲しい知らせ
 シリアとジニーがデナリ公園に私を連れていってくれてから約5ヶ月後の12月1日(土)の朝、シリアが静かに亡くなった。前日の晩10時半まで、北極でカリブーが集まってくるある地域の油田開発をやめるよう、ジニーと一緒に国会議員にファックス を書いていたそうだ。たくさんの人たちに希望と幸福を分け続けてくれた人だった。すべての生き物への深い愛情を元に、アラスカの自然を守ろうと努力を惜しまなかっ た。彼女が逝ってしまったのは本当に寂しい。今でも、私をちゃかすいたずらっぽい大きな瞳が目に浮かぶ。けれども彼女は必ずしも形にならない、素晴らしい宝物を残していってくれた。シリアに触れたこの世の多くの人たちと生物と一緒に、彼女に祝福を贈りたいと思う。そして、感謝を。

 6月23日夜、デナリ国立公園入口付近の小さな小屋に到着。夜とは言ってもすでに白夜で、山並みがバックライトを浴びているかのように輝いていました。  翌日から約4日間、野生動物と原生に近い自然で知られ、星野道夫さんも通った広大な公園で使うことになっていました。

 「特別な案内人」のジニー(中央)とシリア(その左)。
 この訪問が特別だったのは、旅の友、もしくは「案内人」がとびっきりだったことです。
 ジニー・ウッドとシリア・ハンターという、アラスカのガイドブック(少なくとも英語で書かれているもの)にも紹介される、80歳代の女性二人。デナリ国立公園で最初のキャビン、キャンプ・デナリを始めた人たちです。私は映画監督の龍村仁さんの紹介で、数年前に二人と知りあいました。

 キャンプ・デナリを始めた1951年当時はまだ道路が建設されておらず、こんなところにわざわざ観光客なんかいないと誰もが思っても当たり前の状況だったようです。
 そもそも二人とも20歳代の時に、アメリカで最初の女性パイロット何名かのメンバ ーとなって戦闘機や貨物機をあちこち運ぶことを仕事としており、発想も行動も「普通」とは異なっていたのかもしれません。

 彼らに言わせれば、自然が好きでこんなところまでやって来る人たちに、安心して休めるところとおいしい料理を出せればいいと思っていたということです。ジニーは、来た人たちと一緒にあたりを歩けたら素敵だと思ったんだよ、と言います。「私たちは若かったからね。商売が成立するかなんて二の次だったよ」とシリアが肩をすくめて笑います。実際、最初は商売になっていなかったようです。

 1950年、最初の建物を建てるために、ビキニ姿でつるはしをふるうシリアの写真が 残っています。
 彼らとジニーの元夫、何人かの友人たちの手作りで、テントキャビン(一泊1ドル だったそうです)や通常のキャビンを少しずつ作っていった歴史を教えてもらいまし た。公園内の宿泊施設の中で、北米の最高峰デナリ(マッキンリーとも呼ばれます) が見えるのはここからだけという不思議な場所です。ただ泊めるだけではなく、実際 にさまざまなルートを解説しながら一緒に歩いたりなど、今のエコツアーにつながる プログラムも始めていました。

 「ここにいるだけで、本当に素晴らしい人たちに出会えた。何かわからないことが あっても、客の中の誰かが答えることができるというようなことが何度もあった」と 二人は言います。
 そうだろうなあ、と思いながら聞いていました。ユニークな人たち、知の探求者たち、特別な技能を持った人たちが世界中から引き寄せられるだけの素晴らしい場所で す。
 森の中にひっそりと立つAの字型(A-Frame)のキャビン

 キャンプ・デナリは1976年に、それまでスタッフとして働いていた若い夫婦に売却され、彼らが現在のオーナーですが、ジニーとシリアは、私的に使っていたA-FRAMEの小屋と周辺の土地をそのまま持っています。公園内ではそこに泊まってあちこち行くという計画でした。

  国立公園には「パークロード」という約150キロ続く一本道があって、そこだけが車で行ける場所です。それも自家用車は最初の22キロほどまで。あとは公園のバスと、道の終点付近にある宿泊施設が運営するバスだけが道路を走ります。
 ところが土地と小屋の所有者であるジニーたちには特別パスがあり、自家用車でパークロードを進むことができます。好きなところで降りて写真も撮れるわけです。
 ただしこのパークロードがくせものです。時速制限は30マイル〔約50キロ)ですが、大抵はゆっくり進みながら周囲に野生動物がいないかに注目し、時折降りてあたりを眺めるので、この道を終点まで行くだけで6−9時間。常に気を張っていることもあって、終わるころにはヘトヘトになります。

 私たちが公園に入った日は、強烈な日光がさんさんと輝き、ものすごく暑い日でした。40度はあったかと思うほどです。そして数週間ほとんど雨が降っていなかったために乾燥していてひどい土ぼこりでした。
 「今日は暑すぎて動物が動いていないねえ」とジニーが言います。私も双眼鏡を片手にあちこち見回しますが、何の気配もありません。7時間ほどの間に、残雪の上で休んでいるオスのカリブーと、遠くのお花畑にいたグリズリー、岩場に数頭のダールシープ、、、、そのくらいしか目に入らず、それも「会った」という距離ではなく、「見た」という感じで、まるで人工的なサファリパークに来ているようでした。

 ただ車が進むたびにジニーが「あっ、ほら、この谷間。ここを行くとね、あっちの稜線にでれるんだよ」「あ、ここここ、これが私の大好きなルートの一つ」と解説してくれるので、想像しながら目でルートを追います。おかげでただのビジターとして景色を眺めるのとはまったく違った受け止め方ができました。
 そしてようやく彼らの小さな小屋にたどり着きました。
 窓が閉め切ってあったために猛烈な暑さだったのと、そして森の中では猛烈な蚊の 大群が待ち受けていました。
      〔デナリ続く、6月 23日 高野孝子)

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