高野孝子の
地球日記

スコットランド北部の湖畔で

 珍しく晴れ渡った瞬間。真っ白な峰々が映える。氷河が削り取った荒々しい地形だ。

 英国に来てから三度目の大みそかだった。
 私は三度ともスコットランドで迎えているが、ここでの大みそかは特別だ。
 12月31日は地元のゲーリック語で「ホグマネー」と呼ばれ、「新年の贈り物」というような意味だ(*伝統的なホグマネーについては、公立共済友の会だより75号の記事をどうぞ)。

 おそらく昔から変わらない祝い方は、さまざまな人びとと一緒に飲んで歌って踊って夜を明かすこと。31日の夜から1日はスコットランド中がパーティ会場と化す。
 エジンバラ市やグラスゴー市の住人たち、特に小さな子どもがいる家族は、すさまじい祭り会場となる都市を離れ、遠くの静かな友人宅に集まったり、農家などを借りてホグマネーを祝うことが多い。

 私とパートナーも、2001年の暮れは友人に誘われてそのパターンに合流した。スコットランド北西部の湖岸、北緯57度43分にある古い一軒家に、大人十三人と五歳までの子ども三人が集まった。

 西洋ナシのような形をしたその湖は、北大西洋につながる海から十キロ程度しか離れていない。けれども辺りは氷河に削られて切り立った山々だ。谷間のわずかなくぼ地に水が溜まって湖になったという感じがぴったりだ。山々の標高は七百から八百メートルで高くはないが、岩場が多く傾斜がきつい。英国でもっとも難易度の高いクライミングルートもこの地域にある。

 借りた家は、湖の北側おおよそ十キロ四方の広大な土地を所有する地主のものだ。敷地は主にアカシカ狩りのために使われていて、その家もハンターや釣り人たちが寝泊まりするためのものらしい。もっとも近い町から十二キロ離れている。車一台の幅のデコボコ道に予想以上に雪がつもり、小屋まで普通車ではたどり着けない。四輪駆動車を持つ人が他の人たちをピストン輸送してくれた。

 湖のほとりを散歩しようと出かけると、赤茶色い長い毛で顔全体が覆われている、ぎょっとする様相のハイランド牛が二十頭ほど前方に群れていた。家のすぐわきが放牧地となっているようだった。家畜とはいえ、りっぱな角を持った大型動物とサクも介さずにほんの十数メートルの距離でご対面とは、他の産業国ではなかなかない。互いの間にちょっぴり緊張感が走る。

 対岸にずっと広がる真っ白い山々を眺めながらさらに歩く。強い風で山々のてっぺんから雪煙が上がっている。辺りには他に家も道路もない。岸辺からすぐ崖となっている山々から流れ落ちてきた水が小川となって、地面の雪を溶かし、その部分にだけ緑色の草が鮮やかに見えている。湖のほとりは小さな丸い石で、透き通ったずいぶん冷たそうだ。サケやマスが釣れるという。


 シカたちが雪の上で動いている。雪の下にある草を掘り起こして食べながら移動している。
 湖でカヌーをするとばかり思っていた私だったが、裏山まで歩こうと誘われて支度をしたら、ほぼ全員がピッケルを持って外で待っていた。今回集まった人たちは山を通して知りあった仲間だとその時に知った。
 スコットランドはもともと巨大なスコッツパインなどの針葉樹で覆われていたが、人の営みによって四千年前ほどから徐々に森が減り、数百年前から急速に消滅した。十八世紀から羊が大規模に放され、それらに若芽を食べられて森は再生するチャンスを失った。山々は今、一部を除いて多くはヒースと呼ばれる小低木しか生えていない。

 ヒースの上に積もった雪の中を歩き始めると、長い角を持ったアカシカが、何頭もじっとこちらを見ているのに気づく。いたるところで雪を掘ってコケや柔らかい草をむしっている。さえぎるものがないので、白い雪の中に立つ明るい茶色の姿はよく目立つ。森があったころはエサも豊富で、アカシカは今より一回り以上大きかったそうだ。本来の森の住人たちは、住み家と命を支える生態系を失い、やせ細りながらも何とか生き延びている。

 途中、小川で休憩。清らかでおいしい水だ。近くには数億年前に生成されたという岩が露出している。
 雪の斜面に山靴でガッツ、ガッツと切り込みを入れるようにしながら、上っていく。一歩進むたびに後方に視界が広がる。どこまでも白に覆われた斜面が広がり、海や島々、急な崖が変化をつける。人工物はほとんど目に入らない。

 頂上近くの北側斜面が冷たい風に吹かれて凍りついているので、避けて回り込もうとした。すると上方に、風に向かって両翼を広げたままじっと空中に浮かんでいる巨大な鳥が目に入った。ゴールデンイーグルだった。「ノネズミを探してるんだよ」と一緒にいたアンディが言った。こんなに寒いのにノネズミが動いているんだろうか、と私は思った。  

 滞在していた小屋には電気がなかった。暖房も広い居間にある大きな暖炉だけ。だから必然的に全員がそこに集まる。暖炉にはカバノキなどの薪をぜいたくにくべる。午後三時を回ると薄暗くなってくる。私は読んでいた本を閉じた。もう細かな字を読める明かりではない。

 他の人も同様だった。そして自然に会話が始まる。
 子どもたちが外から帰ってきた。ストーリーテリング、話しの聞かせ語りはこんな状況ではとてもしっくりくる。そうだ、日本でも家族の対話や知識の伝承は、こんな空間と時間でされていたのだと思う。
 薪が音を立ててはじける。火の色が心地いい。わずかな音を立てて燃えているガス燈が、外の暗さと反比例してどんどんと明るくなる。

 晩の食事をみんなで作り、ゆっくりと食べ終えてもまだまだ時間がある。時間がある、こんなことを意識するのは久しぶりだ。そしてまた、子どもや他の人たちとおしゃべりを続ける。
 だんだんと気持ち良く、眠くなる。ゆったりとした明かりだ。いつもは零時過ぎまで仕事をし、午前七時を回るとはい出るようにして起きるのに、この小屋での初日は十時前に床に入って、十一時間ぶっつづけで眠ってしまった。

 明かりはガス灯と暖炉の炎だけ。大みそかの夜、フィドル(バイオリン)と笛でにぎやかになる。子どもたちは風船を持って走り回る。
 ただし大みそかの夜は起きていなくてはならない。誰もが眠いので、起きているためにいろいろな手を使う。五歳の少女が、このときのために準備していたナゾナゾをふっかける。つまみ食いをする。みんなが歌を歌いだす。山男の歌だ。聞きながら、あまりに身勝手な内容に女性たち同士で顔を見合わせる。なつかしいメロディも結構ある。そういえばスコットランド民謡は日本に数多く入ってきていることを思い出した。蛍の光もそうだった。フィドルと縦笛を演奏する人たちが出てきた。みんなで飲み、冗談を言いあう。あと数分で零時という時に誰かがラジオをつけた。スコットランド音楽が流れている。さっそく何人かが男女の列を作ってソファの脇で踊り始める。

 そしてカウントダウン、花火の轟音。そこで全員が「ハッピー・ニューイヤー!」と叫びながら、一人ずつキスをして回る。吹くと丸まっている紙の部分がぴゅーっとまっすぐに飛びだす笛を鳴らす人、膨らませた風船を割る人、わずか十三人がいる部屋が大騒ぎになった。

 その後、何人かが湖で初泳ぎ。暗やみの中、カメラのフラッシュが次々に光る。雪の中をはだしで走って戻ってきた泳者たちの顔は真っ赤だ。物も言えないほど寒いようだった。
 電気や便利な機械があるわけではないシンプルな暮らしは、スコットランドでは身近だ。辺りには山と湖と風と光。牛やシカ、ワシやノウサギなど、たくさんの動物と私 たちが同じ空気と水を共有していることを直接体験する。こういう空間に身を置いて、私は再び、ヒトが多くの命の一つでしかないことを確かめる。
(2002年1月4日 エジンバラにて)

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