高野孝子の
地球日記

現代英国の遠征

写真:Peter Allison

 「気温は摂氏50度まで上がった。乾燥した熱い空気の中を荷を背負って歩き続けるのはつらかったが、ヒマラヤの広大な光景の中にいる自分はなんと幸運かとも思っていた」
 インド北方ラダックで約6週間の遠征を終えて戻ってきた10代後半の少女の言葉だ。
 1月末、ロンドンにある探険・遠征の権威、王立地理学協会の講堂に約600人が集まった。英国学校探検協会(British Schools Exploring Society)の年間報告会だった。ラダックの他に、スバルバード諸島などの合わせて4つの遠征の報告があった。

 この学校探検協会が設立されたのは、なんと1932年。スコット隊の南極遠征に同行した医者が創立者だ。同協会によると、以来「原生自然の厳しい環境の中で、自分を発見する密度の濃い体験を提供」し続けている。対象は18歳から20歳までの、心身ともに健康な学生男女。
 発表者はもちろん、招待を受けて集まった家族や友人たちも正装だ。170年以上も前に設立された地理学協会の風格ある建築には、そうした服そうが確かに似合う。ヨーク公アンドリュー王子も列席していたが、来賓からの「お言葉」はいっさいなし。主催者の挨拶の後はすべて、遠征隊の報告だっ た。

 英国社会では青少年たちにさまざまな形の「探険」が奨励される。
 自然への探険や科学の世界での探険。大人たちは子どもたちに体験的に自分の知を広げることを勧める。一方日本では「探険」の社会的地位は必ずしも高いと言えない。知の探険も、むしろ「覚えること」の枠を越えない。好奇心が導くまま「探険」を試みようとする子どもは、抑えられてしまうことが多い。

 王立地理学協会での報告会の様子
 西洋諸国、特に英国では十字軍や巡礼の旅、世界各地への探検など、現代に至るまで国を挙げた遠征の歴史は長い。Oxford Book of Explorationという本に掲載されている「世界の」探検者たちの文章162本の内、ほとんどがヨーロッパ人でそのまたほとんどが英国人だ。
 これらは最終的に、帝国主義へと結びついていった。同時にこの伝統や歴史が、現在の英国の自然体験活動や教育に対する考え方に大きく影響を与 えている。

 過去五百年間の探険は、最初は特に上流階級の間に、航海や登山、そして極地探検などの冒険を好む傾向を生んだ。20世紀半ばまでは「征服型」遠征、冒険だった。まだ西洋における地図上の空白と「人類初」の物理的な挑戦目標が存在し、科学にとっては未知であることがその理由付けになった。この流れを受けてケンブリッジ大学山岳部は1905年にでき、同大学探検部もそれからしばらくして創設された。

 自然の中でさまざまな状況に対応することが、人としての成長を促し、協調性やリーダーシップを育成すると一般的に認められている。肉体的な活動だけでなく、そこに科学的な要素やアカデミックな知識を追及する側面があるのが特徴だ。「人目を引く行為は数あるが、科学をしていなければそれはただうろついているだけ」とある科学者が言ったが、これは西洋の枠組みでは今でも変わらない。
 南極点を目指すことに徹したアムンゼンと異なり、スコット隊は科学調査を重視していた。それが初めからない遠征は栄誉もないのだ。スコットは「南極点到達一等賞」を勝ち取らずに死んだが、英国では科学に貢献することを最後まで志した彼とその隊員たちをほめたたえる言葉は限りない。学校探検協会の企画も、未知の土地への探険活動と共に地形学や生態学などの科学調査が入っている。

 こうした20才前の生徒たちの遠征プログラムに王室の人間がパトロンとなることも社会的な支援を示すが、昨年はチャールズ皇太子の長男ウィリアム王子が、同様の他団体の計画に参加してチリで3ヶ月を過ごし、トイレ掃除もやっていると写真入りで 紹介され話題をさらった。理屈では将来の王となる人物が、泥だらけになりながら丸木を運び、 寝袋に包まり月明かりを浴びて夜を過ごしているのだ。本人の動機は「外に出て、広い世界を見てみたかった。そしてそれが直接他の人の役にも立つようなことをしたかった」。

 今回の報告会の中で、主催者や隊長たちのコメントの中に「これら若い探検家たちは未来のリーダー」というフレーズが何度か出てきた。
 つまり英国では、自然の中で他の人間たちと厳しい体験を共有することが、社会のリーダーとしてのイニシエーションであり社会的な善なのだ。ここでは「何かあったらどうする」という日本で聞く議論はない。いや、あるにしても「だからやめよう」という文脈の中ではなく、適切な安全対策を確認するものだ。やることが前提なのだから。

 世界でももっとも早く自国の自然環境を飼いならしてしまった英国が、こうして海外に出て自然体験を求めるのはうなづける。そしてそのやり方は内側からも批判がないわけではなく、21世紀の遠征や探検のあり方は変化してきている。

 まずこの伝統的な遠征の考え方は、帝国主義的な匂いを残すという批判がある。
 つまり、よその自然環境に身を置いて学ぶだけでは、結局そこを自分たちのために利用しているに過ぎないという意見だ。科学に貢献するという調査も、結局は外から入ったもののためではないのかという見方がある。そもそも「科学の発展」は、さまざまな開発や環境破壊を正当化してきた歴史がある。
 こうした遠征計画の多くは未だ に、現地の住民たちとの触れ合いはあっても、対等に働き学ぶという姿勢がない。地元への還元や貢献は第一義ではなく、参加者はあくまで英国の青少年であって、彼らのための教育的な効果で完結してしま う。

 こうしたことを改善するために、最近は地域に貢献するコミュニティ活動が重視されるようになった。また環境に与える影響を少なくする努力を行い、地元の文化への 配慮も意識されるようになった。批判が多い山岳隊も、清掃活動はもとより、観光客 ・登山客による影響に対する科学調査を支援したり、子どもたちの教育費を援助するなど、個々人で時にはグループとして、ただの山登りだけではない地元への貢献を配慮している。

 トラックは貴重な移動手段だ。写真:Peter Allison
 遠征に関わる青年たちも変化している。
 ケンブリッジ大学探検部前主将は「遠征は植民地主義的、政治的な産物だ」ときっぱりと言う。20年ほど前までは、体験も含めて自分の関心のあるものを「取ってくる」だけの無責任な行動が目立ったが、これからは地元と提携し「提供する」ものでなくてはならないと言う。環境や文化への徹底した 配慮は当然で、探検部としてはただ冒険的なものよりも「社会に有益なもの」を奨励しているという。そのほうが資金集めもしやすいと。
 山頂を征服するとか、何かで初めて、などに関心を持つ時代はとっくに過ぎたと彼は言う。ケンブリッジ大学だけでなく、エジンバラ大学の探険部員たちと話していても、みなそれぞれの夢に心を躍らせているが、そこに「競争」や「記録」はない。誰かの体験が 誰かの体験よりもスゴイということもない。みんな尊い個人の体験だ。多くが最終的に社会的な貢献を意図していることも共通している。計画作りから調査、資金集め、必要な技術訓練などを20歳前後の彼らが試行錯誤の中で行う。そうしながらネットワークを作り、自由に伴う社会的な責任と謙虚な行動を身に 付けていく。

 探険の現場に出る前から、すでに彼らの学びは始まっている。実際に出会う自然環境や人びと、そこで起こるさまざまな失敗や経験が彼らの人生の宝物になることは彼 ら自身がすでに予感している。

 大英帝国の末裔たちが過去のあり方を歴史的、批判的に捉え、新たな視点で行動を始めていることを頼もしく思った。それは一方的かつ利己的なものではなく、相手と話し合い、共に分かち合い学びあうという平和の目線の上にあった。
 だがしかし、それでもやはり「出ていく」のは彼らだ。現地の人たちに、外から人びとが来ることに対してどれだけのコントロールがあるのだろう。異なる環境に身を置いて、刺激を受け多いに学ぶのも外から来る彼らだ。
 違う環境を体験するリソースを持たず、受け入れるばかりの人たちに対して彼らは何ができるのか。「未来のリーダーたち」の中から自分たちをも常に批判的に見て、新しい地平線を開拓する人が出てきて欲しい。異なるものが交わるところに、破壊や痛みと同時に希望も生まれる。この交わるところに、前世紀か ら大きなツケになっている、世界の富の不均衡や環境問題を解決に導く糸口の一つがあると信じたい。
(2002年1月30日)

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