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高野孝子の 地球日記 |
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ホッキョククジラ
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ホッキョククジラ 2002年9月22日、ロンドンでは40万人が集まる英国史上最大のデモがあった。
このデモの様子をテレビで見ながら考えていたのが、8月上旬、カナダ北極圏のイグルーリクから電子メールのことだった。
添付の写真には、海岸まで引かれてきたクジラを浜で出迎えるものすごい数の人たちが写っていた。 イグルーリクについては5月の地球日記とエコクラブ会報で触れたが、北緯69度という高緯度に位置する小さな島。約1300人の住民ほとんどがイヌイットで、定住生活を始めたのがわずか40年ほど前に過ぎない。それまでは幾つかの家族単位で広大な地域に散らばり、氷や動物の動きに応じて移動しながら暮らしていた。 私は調査の一環として、今年5月にイグルーリクに滞在した。ちょうど国際捕鯨委員会(IWC)が5月下旬に下関で開催されることになっていたが、カナダは1982年に委員会から離脱しており委員会の議論は直接影響しない。ヌナブートにいる限り、IWCは話題にも上らなかった。 イグルーリクは今でも「伝統的な町」とされている。テレビを入れることになったのも1983年から。50歳以上の人たちの多くは学校生活を知らない。けれど家の中はガスヒーターで冬でも暖かく、電気コンロやオーブン、シャワーも水洗トイレも完備している。狩猟生活から町での定住生活への移行は、彼らの文化や社会に根本的な変化をもたらした。考え方も価値観も住民たちの中で大きく揺れている。
それでもまだ「野生動物の肉」は人々の暮らしの根幹だ。これ以上ライフスタイルが変わり、そして自分たちで継続的に現金を生み出す構造がありえるならば別だが、この気候風土や何千年も培われてきた文化が食生活を握っている。野生動物と生きていくことは、生活保護や輸入に頼らずに自立することにもつながる。それは保護政策によって生きるプライドを失ったとされるイヌイットたちにとって、最後の砦だ。
狩や釣り、野外でのサバイバルは人々の日常だ。零下20度の世界でスパゲティやピザは不合理だ。凍って食べれない、調理に水や燃料が必要といったことに加えて、寒さの中で消耗する体力に十分ではない。旅の間は凍ったカリブーや魚、セイウチの肉をそのままナイフで薄く切ってほお張る。しばらくすると身体の内側から温かくなってくる。調理の準備も時間も必要ない。火を加えてビタミンが壊れることもなく、肉と血と内蔵からそっくり栄養を取り入れる。 カナダはイヌイットらの利益が守られないとしてIWCから離脱したが、独自の保護政策を行っている。ラジオからは日々、野生動物管理の議論が流れていた。特にクジラやセイウチは保護と捕獲とが対立しやすい。思考の違いが際立つのもこうした時だ。科学に基づいた推測結果をなぜ理解しないかと一方は思い、何千年も継続発展してきた伝統的な知識や観察をなぜ信用しないかと一方は思う。
ホッキョククジラは規制も厳しいが、そもそも先住民族らの捕鯨方法で捕ることは容易でない。チームを組み、それぞれの協力が欠かせない。クジラは巨大で力が強く、捕るほうも命がけとなる。けれど大きなもので100トンにもなるホッキョククジラは地域一帯のイヌイットたちに分けられる。クジラに感謝し、また戻ってきてもらうための祭事がある。火をともし、祈り、歌い、踊る。しばらく家族の食べ物の心配をしなくて済む。
特に北極での人と動物の関係は、私たちが今まさに関わっている経済システムやライフスタイル、世界の人々の自立を問わずして議論できない。自分たち自身は安全な立場に置く一方で、根本的な関連事項を見つめずに他の批判だけをしていないだろうか。多くの場合、北極の先住民族たちは、強者が牛耳ってきた政治と経済の歴史に翻弄され続けているように思えてならない。
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