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高野孝子の 地球日記 |
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「未来への航海」
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「地球は一つ。それは私たちみんなにとって、かけがえのないふるさとです」 8月16日、横浜の大きなホールを埋めた二千人の観衆の前で、アジア7カ国42人の子どもたちからのメッセージがこう、締めくくられた。 「未来への航海」はNHK放送50周年を記念し、NHKのほかに日本経済新聞社と東海大学が主催した、大規模な環境教育プロジェクトだ。
環境問題はすでに一国で対応できる性質のものではない。アジア各国からの子どもたちが一緒に学び、考えることは今と未来の環境的課題に対して意味があるだけでなく、平和への大きな希望を生むことにもなる。そもそも平和と相互理解ほど、環境に深く関わるものはない。 このプロジェクトを大規模と言ったのは、参加国の多様さだけではない。すでに二月から関連の番組が放送されており、三分間のミニ番組も合わせると年内で六十本以上になる。加えて航海中は地方と全国のニュースにも多く取り上げられた。日経新聞から記者とカメラマンが船に乗り込んで連載、東海大学の取材班もやってきていた。航海中に絡んだ主なスタッフや関係者だけでも二百人。それに望星丸を動かす人たちや寄港地でお世話になった多くの方々がいる。その上に子どもたちと引率者ら五十四名。講師陣もレスター・ブラウンさんを始め、名実ともに最高だ。そして最後のフィナーレとなった一時間十三分の生番組の盛りだくさんなこと。 この規模とさまざまなレベルの絡みからわかるように、実際に始まってみるとこれは「学び」だけに注目した純粋な環境教育プログラムというよりは、放映されるショー的な要素を多く含んでいた。
各寄港地での体験学習は、専任のディレクターが責任を持って進めていた。6月から本番まで、私は三度彼らとの打ち合わせに参加した。多くのディレクターたちが教育番組を手がけてきたそうだが、それぞれによく練られたいい計画だった。 しかしどんなにいい計画でも、事前の動機づけが学びの深さとプロジェクトの進行を左右する。今回は言葉も文化も異なる子どもたちばかりが親元を初めて離れて集まる。わずか10日間の航海を最大限生かすには、目的の共有化だけでなく、子どもたち同士や周囲の大人との信頼関係と安心感、自由に考え意見を言うことが求められるとわかってもらう必要があった。それが東京での3日間の「探検ワークショップ」、沖縄での「出会いワークショップ」「ゴールデンルール作り」などとなった。 航海中は学びのきっかけと深め、横浜ではそれらをまとめるという段取りだった。しかし航海中の「学びの場」は全体としてとっちらかった印象があった。集中するにはすでに人数が多かったが、その中でカメラクルーが2-4チーム常に撮影している。船酔いで2/3の子どもが出てこれなかったり青ざめている。生放送の出演のためのリハーサルがある。映像や音をきちんと録るために、子どもたちが意見を言うタイミングとやり方も変化した。
誰もがこの計画を成功させるために最大の努力をしていた。ただし「成功」の定義と道筋が一緒でなかったのかもしれない。 子どもたちの学びや成長の過程は記録されるべきだし、視聴者に「見せる」ことを意識した作りも必要だ。そしてとにかく時間がなかった。これは放送局が主体で作り上げた計画、言われたことだけ言われたようにやればいいかと割り切っていた時に、東京で映像素材を編集し続けていた田中ディレクターから船舶電話があった。 「送られてきた映像からは、学びが深まっている様子が見えない」。
実際、出港してから6日間、体験を振り返って深めるためのセッションはただ一度。それも小一時間で沖縄と屋久島での体験を振り返り、分かち合い、深め、番組で使うことになっている「壁新聞」の作成までしなくてはならなかった。
このエネルギーの爆発はとどまらず、同時に彼らの成長が、発言や態度などに伺えるようになってきた。しかし、私は彼らが考えたり言うことが、心や身体と一致しているかが気になっていた。賢いことは誰でも言える。それを身近な一歩に落とし込むまで、どうしてもやりたかった。これだけ多くの人間の時間とエネルギー、知識やお金を費やしたのだ。個々人の成長は価値があるし、関わった大人たちも計り知れない感動をもらったが、公のプロジェクト「未来への航海」としてはもう一歩進まなくてはならない。 横浜での彼らとの時間は丸々1日。その中で「未来への提言」を作り上げることも課題だった。驚いたことに、当日何人かが自分たちの言葉と行動の矛盾を訴えてきた。自分たちで気づき始めたこのときがまさにチャンス。けれど結局その一日は提言作りで精いっぱいだった。
加えて3時間を、最後の提言作りに費やした。 メッセージは彼らの切実な思いをまとめたものになった。どの子も疲れ切っていたのに、よく最後まで諦めなかったと心の中で手を合わせた。 横浜でのグランドフィナーレの舞台を終えた後、控室でジュースで乾杯をした。その後、子どもたち自身が指示を出して一方に集まり、スタッフを反対側に集めた。歌を二曲、スタッフへの感謝の言葉とともに贈った。ここ数日間、夜こっそり練習していたという。これまでずっと与えられるばかりだった彼らが、初めて自ずから行動を起こした。 学びを彼らの現実につなげ、どんな行動を起こしていくか、そこまで話し合うことはできなかった。しかしこのプログラムに彼らは感謝しており、彼らには思いを行動につなげていく力があることを示したうれしい出来事だった。国に戻った子どもたちから、メールが届き始めている。彼らが10年後、20年後に何をしているのか、それを知りようがないとしても何だかきっと、この体験を行動の根っこに持ってくれているような気がしている。 2003年8月20日 新潟県塩沢町にて
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