高野孝子の
地球日記

ファシリテーションとアジアの子どもたち

引率の教師らと子どもたち
 「未来への航海」プロジェクトでの私の役割は、アジア7カ国42名の子どもたちの体験学習のファシリテーション。その成果として最後に「未来への提言」をまとめあげるサポートだった。
 ファシリテーションと「講義」は違う。後者は講師がテキストを元に一方的に知識や考えを伝達する形が基本で、伝統的にどの国でも学校教育はそうしたものだ。

 ファシリテーションに決まった形はないが、本来はそこにいる人々の参加を前提に参加者がすでに持っている知識や考えを柔軟に織り込みながら、学びや議論の道筋を作っていく。

 体験型環境教育である今回のプロジェクトには学びの後に「正解」はない。既成の概念を与えるのではなく、体験からどのような学びを子どもたちが紡いでいくのかそのものが焦点だった。つまり彼らが何に気づくかが大切で、サポート次第でそれは大きく変わるはずだった。

屋久島の森の中でしばらく目を閉じる。感じたこ とを分かち合った
 今回、私から子どもたちには「学んでもらいたいもの」ではなく、学びに伴う視点と技術を身に付けて欲しいと思った。それは時間と空間、つまり世代を超えた未来の生命を考え、同じときを共有する他の人たちや生命を考える視点。技術としては、「観察」「自由で批判的な思考」そして「想像力」。

 学校で教科や専門性で分けることは便宜上必要かもしれないが、学びは実際すべてを包括しつなげている。そこには精神性や身体も関わってくる。芸術も数学も物理も全部互いに関わっている。先住民族やアジアの伝統的な教育は、知識や技術を伝達しながら最終的には地域社会に貢献する大人を作るものだった。

 学びは「1+1=2」ではない。1と1が交わる「プラス」というプロセスがある。それがファシリテーションが関わる部分だ。個々人の体験からの気づきを他の人たちと共有し議論することが相乗効果をもたらし、誰も予想できないダイナミズムを生む。また一つの体験からの気づきとつながりながら次の体験が重ねられていく。

話し合いながらパネルにまとめる
 ファシリテーションの場はどんな人が参加するかによってどんどん変わる。参加者の気持ちや発言、知識や経験に応じて、どんな方向にも向かいうる。テーマを急に変えることもあるし前に戻ることもある。これはファシリテーターが決めていることでも一方的な動きでもないし、効率や時間で枠をはめがたいものだ。後で、ではかなわない、その瞬間に、ぴったりと合ったやり方でのみ可能なことがたくさんある。

 子どもたちの学びを深めるために、私は当初「グループ指向型ファシリテーション」と呼ばれるやり方を目指そうとした。

 ファシリテーターは全体の中に沈み込み、基本的に参加者誰もが自由に話しに参加しながら自分たちで話の流れも作っていく。何が生まれるかは誰もわからず、事前の準備もできない。一見混とんとしているようだが、うまくファシリテーションが進めばこれほどパワフル学びの過程はないと言われている。今回のように、異なる国々からさまざまなバックグラウンドを持った子どもたちが集まる場合にはこれが自然で、かつ最高なのではないかと考えた。

 けれども人数や場所、その他の条件の関係で、最終的には私が前に立って、個々人の思いの分かち合い、グループと全体ディスカッションを組み合わせるやり方となった。そして純粋なファシリテーションに加えて、議論のために情報や知識を追加する講義の要素も加わった。子どもたちは事前にくじを引き、各国一名ずつ青や黄色など、色の名前がついた6つのグループになっていた。

「コンクリートか木の家か」。熱の入った話し合いを発 表する子どもたち
 アジアにはディスカッションが文化になじまない国が多い。学校文化でも板書を写すようなやり方が一般的だ。それでも意見や感想を言うのは自分の頭で考えることにつながり、学びが借り物でない自分の言葉となる可能性を持つ。全体の中で声を上げるのは基本的にアジアの子どもたちにはむずかしいかと思ったが、7名一組のグループでの話し合いなら壁はないはずだった。見ているとどのグループでも、必ず全員の意見を聞くように配慮していた。そして互いの関係が緊密になり、何を言ってもいいという安心感が(正解を出す必要がないという認識)議論を進めるだろうとも思っていた。しかも彼らが体験したことをテーマにするのだから。

 各国から引率でやってきた先生たちはこれを「子どもたちから引き出すやり方」として歓迎し、国に戻ったら自分の教え方に反映したいという人もいた。だが「子どもたちには初めて」のやり方に、彼らは子どもらの反応を見守っていた。

 子どもにとって新しいやり方よりも課題だったのは、おそらく英語を使うことだったと思う。
 シンガポール、マレーシア、インド以外の4カ国(日本、タイ、韓国、ベトナム)の子どもたちにとって英語で自分の意見を自由に言うことはたやすくない。かなり後半になってからタイの少女が私に「ディスカッションの途中でわからなくなることがある」と言ってきた。英語を母国語同様に使う人たちと一緒に議論しようというのだから当たり前だ。

 こうした彼らの学びを助けてくれた縁の下の力持ちが、通訳のために乗船していた人たちだった。日ー英の日本人3人だけでなく、ベトナム、韓国、タイ語を母国語とする若い人たちがそれぞれいた。彼らは子どもたちにもっとも近い。学びのサポートだけでなく、子どもたちの心のケアでも重要な人たちだった。日本人通訳者含め、彼らは私に誰がが何を理解していないか、どんな状況かを折りに触れて教えてくれた。こうした話しを受けて、私は次の展開を考えることができた。各国からの引率教師たちとも時折話し合った。

 このように誰が欠けてもありえなかったプロジェクトだが、アジアからの参加者の素直さと頑張りには脱帽した。人が話すことを書き写し覚えるよりも、体験をかみ砕き自分の頭で考えて言葉にし、そこから議論をするのは大変な作業だ。そして限られた時間と、船酔いなどの厳しい状況の中で提示された課題をやり遂げるのは簡単ではなかった。

日英通訳の一人池田さんとインドからソナムさんとリータさん
 彼らとつきあいながら、何かが英国やヨーロッパ、アメリカの子どもたちと違うとずっと思っていた。でもそれはもしかすると、文化や社会背景の違いというよりはこの場合の特殊な事情からかもしれない。各国の代表として選抜された子どもたちであったこと、半数近くが13,14歳だったこと、異国で親元を離れての合宿生活などだ。それでも他人への配慮や敬意、大人を交えたグループ内での人との関わり方、自己主張という点で私の知っている欧米の子どもたちとは根本的に異なっているように思えた。

 英国ではスタッフらが違う性の子どもたちの肩や腕などに触ることはありえない。二人きりで外にいたりするのも厳禁だ。大人から子どもに対する言葉遣いや扱い方など、とても厳しい「関係性」の規則がある。しかし今回のプロジェクトではみんなが家族のように、ごく自然に触れ合ったりじゃれあったりしていた。そしてそれらも全体の信頼関係やエネルギーの高まりに貢献した。学校や英国の野外・環境教育プログラムではなかなか見られないダイナミックで感情的なつながりを持った空間だった。

 また今回は寄港地での多くの講師たちが、自然の一部としての人間という視点で語った。過去500年間、欧米ではひとと自然を切り離す考え方が根っこにあるので、人と自然が切り離せないことを前提とした話が必ずしも通用しない。その匂いだけで嫌われたり、考え方にチャレンジしてくる子どもたちは少なくない。人と自然のつき合い方、もしくは自然観において、アジア共通に流れるものがあるのだろうか。体験を元にした今回の気づきや学びでも、そうした根っこの世界観が反映されて、短い時間の中であのような提言に至った一つの理由なのかもしれない。

 2003年8月24日 エジンバラにて
(写真はNHK提供、全員の集合写真のみグレゴリー・マイケル撮影)

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