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| あー、しんどー |
刷り上がったソラくんの作品を名嘉さんが手にする |
色付けをするノットくん |
「未来への航海」プロジェクトの一つの柱は、版画制作だった。講師は名嘉睦稔さん。
沖縄在住の彼は全員が沖縄滞在中に、彼らの前でまず自分で一枚板を彫り上げ「未来への航海」をイメージした作品を完成させた。
名嘉さんは下絵の段階を「イメージを止める」と表現する。
木をなでながら、その時にイメージがわき出る。それはどんどん変わっていくので動きすぎないうちに一度止める、という。木からもらうイメージというよりは、その時の心の動きや周りにいる人との会話などから沸き上がり、遷っていく。
下絵は彼にしかそうとわからない。そもそも反転することを承知の線であり、イメージは彼の脳裏で止まっているのだ。墨で書かれた線や円はそれを引き出すためのきっかけに過ぎない。
掘る作業はあっというまだった。取り憑かれたように彫っているようでありながら、あたりに「何か聞きたいことあったら聞いていいよー」などとのんきに話しかける。もちろん手はさかんに動いたままで目は板から離れない。
沖縄にいる間に、参加者は小さな板を使って練習した。
日本人以外の子どもたちは版画どころか彫刻刀も持ったことがなかった。スタッフ総出で注意して回ったが、指を切る子どもが続出した。若干心配なスタートだった。
そして船の上での版画初日。42人中14人しかいない・・・。他はみんな船酔いだった。それも3人は点滴を受けるほどのひどい症状だ。いろいろな説があるけれど、基本的に船に慣れていない人は船酔いにかかりやすい。沖縄を離れてからの海は予想に反してとても穏やかだった。それでも14人で始まった版画教室は、約1時間半の終了時には8人にまで減っていた。集中して彫刻刀を見つめることがさらに船酔いを呼んだようだ。
「本当にできるのかな」。この辺で名嘉さん始め、スタッフも若干心配になってきた。
それでも最初に参加した子どもたちは、テーマの「水」に沿ってすでに彫り始めていた。見ながらうずうずしていた私は、とても複雑な下絵を描いたシンガポールのワンジェさんのお手伝いと称して、とうとう手を出した。手を使って物を作るのはもともと大好きだ。何もないところに線を引くのはむずかしくても、すでにある線に沿って彫刻刀を動かすのは楽しかった。
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| 船酔いで遅れを取っていた川満くん、集中して頑張る |
仕上がった作品。どれもきれいで個性的だ |
甲板で着色して仕上げた高野の作品 |
それから三日。屋久島と水俣での滞在を終え、台風を避けて再び望星丸に乗りこんだ翌日が第二回目の版画教室だった。出てきた子どもたちの数は増えたがまだ全員ではなかった。
そこに「はい、高野さんも彫って」と40センチ四方ほどの合板を持ってきたのが角田ディレクター。版画をしていれば子どもたちも寄ってくるだろうから、私と子どもらの様子を撮影するのにちょうどいいという理由だった。
望星丸の食堂権講堂のはじっこの机に座った。
「水、ねえ・・・」と途方にくれた。何を描こうか。板に手を置いたり両ひじをついて長いことぼーっとしていた。それを名嘉さんのサポートで船に乗り込んでいた内間さんがしっかりと見ていたらしい。北極の氷山やミクロネシアのカヌーが切る波などを思い出していたが、ふと「シャケ」が心をとらえて筆に墨をつけた。後で内間さんから「何かが降りてきたって感じだったでしょ」とからかわれた。
秋、産卵のために川を上ってくるシャケ。遡上を始めてからは何も食べず、どんどん浅くなっていく川底の石や岩にこすれて身体がぼろぼろになり、それでもある限りの力を出して上り続ける。白銀色の腹のあたりがうっすらとピンクに染まっている。卵を産むためのすさまじいまでのエネルギー。目的を果たすとそのまま力尽き、川底に横たわる。まだ息があることは時折動かすクチとヒレでわかるが、骨が丸見えでぼろ切れ同然だ。
彼らはそのまま川の生物の養分になり、小動物にも食べられて森の養分にもなる。それは川に再び運ばれて海の養分にもなり、ふ化した稚魚はまた海に戻っていく。テーマは「いのち」となった。
脇で彫っていた真緒さんが「何これ、カメの首?え、じゃあ蛇だ」と私のシャケを指して言った。そっか、海とつながってるんだからカメも入れよう、と下絵にカメを足し蛇や鳥も加わった。韓国のジュンモくんのアドバイスで、よつんばいだったクマを立たせた。「それならネコに間違われないよ。ネコは立たないから」とのこと。
とても自由な気分だった。絵だったらこうはいかなかったように思う。「うまく描こう」という思いにじゃまをされただろう。自分の手だけではどうしようもない部分が版画にはある。誤って思わぬところを削ってしまったり、線の太さがどう仕上げるのかわからないだけに、かえって思い切ることができた。自分だけで彫っているのではない、確かにそんな気持ちになる。
その日、隙を見ては彫り続けてほぼ完成した。板だけを見ていても出来上がりはさっぱりわからない。船を降りる前日の最後の版画セッションで刷った。紙を板からゆっくりとはがした時、何とも妙な気持ちになった。「版画は木の命を削って作るもの」とよく名嘉さんが言っていた。その意味が感覚的につかめた気がした。柔らかい手触りの薄い和紙にくっきりと乗った黒々とした線を見て、木の命が刻まれた後だと思えてならなかった。
その後は甲板で、強い風に持っていかれないようにしながら着色した。ボクネン流は和紙の裏から色を付ける。なのでこれまたさっぱり何がどうなっているのかわからない。あまり考えずにどんどんと水っぽい絵の具を紙の裏に置いていく。
思ったよりもカラフルな仕上がりになったが、自分で作ったものという気がしなかった。木の命を削り、周りにいた人たちと一緒に作り、まったくの偶然で色が付いた。
それを見た通訳の西部さんがニコニコしながら言った。「うわあ、いいですねえ。シーラカンスでしょう」。思わず笑った。もともと何かの形を真似たり描写しようという思いがなかったことと、自分だけで作った気分でなかったこともあって、それが何に見えようとどうでもよかった。ただ勢いはあったようで、ようはそれがテーマの「いのち」の表現だった。
子どもたちはその後横浜で船を降りた後、一日かけて全員が完成した。
どれも個性的だ。それら42枚を並べて名嘉さんが言った。「自分の個性が輝くには他の個性が必要。別々の個性が集まったものは美しい」。
同じことが自然界にも言える。「出る杭は打たれる」という日本の文化、和を重視するアジア諸国にも似た傾向を持つ国々がある。でも強烈な個性を保ったまま調和することは可能なのだと42枚の版画は教えてくれた。子どもたちがこのメッセージを信じて、他を受け入れつつも自分を殺すことなく成長していって欲しいと思った。
2003年8月25日 エジンバラにて
(写真はNHK提供、1枚目は参加した子どもの撮影)
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