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高野孝子の 地球日記 |
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おしゃべりな氷
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「高野さん、今日は南極の氷を持ってきたから」
「南極の氷」とは海の氷ではなく、氷河の一部。それも特別な価値を持つ氷だ。非常に広大な地域を覆う氷河を「氷床」というが、現在地球上では南極とグリーンランドにしか存在しない。氷床の氷は、過去数十万年もの間に降り積もった雪が氷になったもので、中に小さな気泡が閉じ込められている。その気泡は当時の空気だ。
でもこの夜、何よりも私がわくわくしていたのは、グリーンランドでの特別な感覚を再度体験できるかもしれないということだった。 三年前の六月。東グリーンランドの海の上で、私はグリーンランドエスキモー、パビアの狩りに同行していた。空を映した真っ青な海に、白い海氷が浮かぶ。その中に時折、大きな青い氷山がアクセントをつけている。氷河が崩れて流れてきたものだ。 パビアは一つのフィヨルドにボートを進めると、奥からせり出した氷河のすぐ近くで唐突にエンジンを切った。辺りには氷河が崩れたかけらの氷山が無数にある。いきなり無音の空間にほおりだされた。その直後。突然、聞いたこともない不思議な音に全身を包まれて私はうろたえた。聞こえてくるというよりも、まるで頭の中に直接、ペチャクチャと話しかけられているようだったのだ。 息を沈めて落ち着いて、ようやくわかった。
過去十数年間、私はほぼ毎年のように極地を訪れている。でもこうした経験はこれまでなかった。凍った北極海を四カ月にわたって歩いたり、アラスカやカナダ北極を何度も旅した。でも海氷ではなく、大きな圧力がかかってできた氷山や氷床でなければこうした現象はない。南極にも行ったことがある。でも人とおしゃべりをしていたり、船のエンジンがかかっていては、この衝撃的な出会いはない。グリーンランドでも陸近くからではなく、氷山のまっただなかに身を置いてこそ体験できたことだった。 安井さんの南極氷をグラスに入れ、麦焼酎を注ぐ。
その瞬間から気泡が音を立てて氷から沸き上がる。「このグラスの中に自分がいるみたいな感じなんですよ」とその時の感覚を説明する。
それにしてもこの日は極地に縁があった。
映画では欧米とのコンタクト前の時代を描いているが、表現されている文化や社会には今でも共通して流れるものがある。
グラスで音を立て続けている南極の氷を眺めながら、北極地域の友人たちのことをしばし想っていた。(2003年8月26日) Copyright ECO-CLUB, 2001. No reproduction or republication without written permission. この画面に掲載された記事・写真・イラスト等の無断転載を禁じます。すべての著作権はエコクラブ、ならびにそれぞれの著作物の作成者に帰属します。 ご意見、お問い合わせは info@ecoclub.org まで | |||||||||||