高野孝子の
地球日記

スコットランドとゴルフ

2004年に日付が変わり、ソバの後に薄井家次男11歳お手製のチョコレートケーキをみんなでいただく。とってもおいしい!

 とても久しぶりの「地球日記」です。
 ほぼ4カ月、大学の論文書きに集中していました。ここ3年3カ月手がけてきたプロジェクトです。

 人の志向を短距離走向き、長距離走向きと表現することがあります。私は走るのも自己管理も「短距離走型」で、長期間にわたる活動のペース配分が上手ではないようです。昼夜、土日もなくパソコンにばかり向かっていたら、困ったことに散歩もしない生活にすっかり慣れてきてしまいました。丘に上がった船乗りならぬ、家にこもった自然活動家になってしまいそうです。

 今年初めての「地球日記」、みなさんによい一年を祈念させていただきます。でももう「年明け」気分ではないのは私だけではないでしょうね。

 このところ、宗教や人種の違いが政治的、社会的に敏感な課題です。  私が暮らす英国は基本的にキリスト教国家ですが、200万人のイスラム教徒(人口の4%)が暮らします。どの都市でもベールをかぶった人は珍しくありません。
 12月はクリスマスと翌日が国の祝日で、大抵の職場は休みになります。一方、オーナーがパキスタンやインド人の店は営業しています。教会に行かない人が増えているとは言え、幼稚園でさえも幼児たちが「生誕劇」(キリストが生まれたときの物語)を演じるのが恒例で、キリスト教は英国の多数を占める人たちの文化の根幹です。(しかし12月25日はキリストが生まれた日ではなく、古来からあったこの時期の祭りの習慣に合わせてコンスタンティヌス帝が制定したとされるなど、クリスマスの起源はその意味も合わせて諸説あります。)

 12月は会話にも「クリスマス」という言葉がたくさん使われ、その文化を共有しない私は戸惑います。日本と英国を行き来することが多い夫がもうじき来ると言うと「クリスマスに来るのね?」とにっこりされます。またこれは12月に限りませんが、電話などで名前を言うと「それがあなたのクリスチャンネームね」と言われて答えに詰まります。

 例年、英国の厚生大臣が子どもたち専門の病院でクリスマスカードを一人一人に配るのですが、昨年はクリスチャンでない子どもを配慮して取りやめになりました。女王がテレビで語る数分間のクリスマスメッセージの中にも、他の宗教を信じる人たちを配慮する言葉遣いがあります。
 そんな空気の中で、おそらくクリスチャンではない日本の友人たちから届く「よいクリスマスを!」という楽しげなメールを、私は複雑な気持ちで受け取ります。日本にいれば気にならないのでしょうけれど。

 この長いクリスマス休暇の間に、私は論文の初稿をほぼ書き上げました。少しほっとしたのと、運動不足を何とかしなくてはと思っていたので、1月4日に近くのゴルフ練習場まで出かけました。日曜日だったので、小学生くらいの子どもたちを含む家族が何組も来ていました。

 日本とスコットランドでは、ゴルフの位置づけがずいぶん違います。

ノースバーウィックのコース。海岸からの傾斜を利用してコースが取られている。

 衛星写真で見ると、日本では、ゴルフ場が無数のひっかき傷のように見えます。しかしスコットランドでは多くの場合通常の環境と区別がつきません。もともとスコットランド東部海岸地域は強い風によって樹木が大きく育たず、丈の短い芝と草に覆われています。そこをそのまま利用してコースが作られているのです。多くは壁などで囲まれていませんし、そこで人が犬を散歩させていたりします。丘歩きのつもりでルートを辿っていくと、途中がゴルフコースになっていたり、大学の敷地から外に出たらそこがゴルフ場の中で、何か言われるんじゃないかとびくびくしながらグリーンを回り込んで道路に向かったこともあります。ゴルフ場は「開発」の結果人工的に作られるものではなく、公共が利用する自然の芝地にたまたまコースを作ったという感じです。一般の人を排除することもなく、ごく当たり前にすべてが進んでいます。

家から車で10分のゴルフ場。左の簡単な建物が受け付け。犬と散歩する人も。1月10日は晴れのち雨、雪もちらついた。画面でぼけているカ所は雪。

 ゴルフが現代のゲームの形を取るようになったのはスコットランド東部でとされています。中世から人々に親しまれていたようです。兵士たちがサッカーとゴルフに興じてイングランドとの戦いに備えないとして、ジェームズ二世がそれらを禁止したのが1457年です。ほとんど無視されたため、この禁止令は繰り返し出されています。近くの海辺や広場で気軽にゴルフを楽しむ伝統があります。

 例えば私が住むエジンバラ市の真ん中に緑の広場があり私もよくそこを通ります。そこでは小さな子どもたちも遊んでいるし、昼寝をしている人たちもいます。ところがそこはゴルフ発祥の頃からのコースだそうで、子どもたちを含めて人々が時折クラブを振っています。規模は小さいそうですが、それでも36ホールあるというから驚きです。「危ないだろう」と思うのですが、何百年間、問題はないようです。管理は全部ボランティアで、そこで遊ぶのも無料だということです。

 こんなふうに、ゴルフをする人たちは決して特別ではありません。ゴルフ教室は4歳から。スコットランドのゴルフ場の数は、人口一人当たりにすると世界一だそうです。スコットランド観光協会の「ゴルフ・オフィシャルガイド2002」には536のゴルフ場が上げられ、これに含まれない小さなゴルフ場も多くあります。人口は約500万人です。ちなみに関東ゴルフ会員権情報サービスによると、首都圏(栃木・群馬・埼玉・千葉・東京・長野・山梨・静岡)の人口は約3千6百万人で、ゴルフ場は707施設です。

 エジンバラには数十のゴルフ場があるそうですが、有料のコースは平日は10ポンド(約1,900円)から。市営のゴルフ場だと市民割引で7ポンド(1,300円)。冬場はさらに安くなります。

市営のゴルフ場。9ホールで4ポンド(約800円)。1月でも芝は緑!

 夫は10年以上前につきあいで千葉のゴルフ場に一度行き、そこで3,000円のカレーに憤慨し3万6千円の会計におののいて近寄らなくなったのですが、スコットランドでは散歩のように気軽に出かけていきます。車で10分ほどのエリアで3カ所ほど選択できます。どこもコースには特徴があり、海や山の景色が見事です。キャディは基本的になし、プレイヤーが自分でクラブをかついで歩きます。

 私がここでゴルフが気持ちいいと感じるのは、先に書いたように、誰でも気楽に入って歩けることや、もともとの自然環境をそのまま利用、スポーツ産業というよりも伝統文化の一部、過剰な施設やサービスがなくシンプル、庶民の広場であり余暇、子どもでも楽しくプレーしている、無理のない金額などからです。

クレイガンティニィというコース。家々の真ん前。誰でも散歩に入ってこれる。

 では気になる環境の視点からはどうでしょう。
 環境保全団体のオーデュボン・インターナショナルの調査レポート(1996年)によると、英国やヨーロッパのゴルフ場は自然の芝地を利用し化学薬品の使用が少なく、ボールを最初に打つ地点と穴に入れる場所以外では芝を刈る以上の手入れはされていないとのこと。ゴルフ場は開発の象徴ではなく、むしろ都市化をはばむバッファゾーンとして機能しており、すでに開発が進んでいるヨーロッパにおいてはかえって貴重な自然環境だとしています。実際、鳥や草花の観察をする人もいるほどです。レポートではさらに、カート用の道路が中にあったり、芝の色を鮮やかにするための薬品を使用するアメリカのゴルフ場と比べて環境的に優れているとし、歩く活動としての伝統的なゴルフを実行しているとまとめています。

同じくクレイガンティニィ

 夫はたまにここに来ると、天気を見てゴルフに出かけ、スコティッシュ英語で市民交流をしているようです。「平日の昼間なのにいい年のおやじたちがゴルフしてるんだよ」とうれしそうに話します。

 私も一度海辺のゴルフ場に1,300円で入れてもらいました。濃い緑が遠くまで広がり、所々に大きな木々がそびえ、刈り込まれていない草地もありました。途中で小雨が降り、それが虹となって緑の芝と向こうの海をつなぎ、まるで絵本の中にいるようでした。それでもやっぱり私には整いすぎた環境で、荒々しい山や岩が恋しいと思ったのでした。少し体を鍛え直して、5月にはグリーンランド東部の遠征に向かうつもりです。
(2004年1月10日 エジンバラにて)

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