高野孝子の
地球日記

英国流環境保全とベインファーム

上から見たベインファームとレーベン湖

 英国の環境保護運動の歴史は長い。伴って、今「環境教育」と呼ばれるものが始まったのもずいぶん昔だ。

 17世紀には野鳥や生物に興味を持つ人たちがクラブを作り始め、現代の環境保全・保護につながる動きもその頃にさかのぼる(ただし英領インドで)。1870年代にはすでに運動として認識されている。これは、英国が世界でもっとも先に産業化し都市化し、自然環境が変えられていったことと深い関係がある。
 エリート校では、ネイチャースタディやフィールドスタディと呼ばれる自然観察や科学調査が、18世紀にはすでに授業として始まった。

 日本の約0.7倍の大きさを持つ英国の自然環境のほとんどすべては、人の手によって大きく変えられている。ネイチャーリザーブ(自然保護地域)も、時には大掛かりな仕掛けで人間が関与し、ようやく形を保っているところが多い。
 そんなわけで、英国では「自然」とは原生自然のことではなく、「自分たちが望むように人間が造り管理しているもの」という認識がある。

 それにしても人間が木を切り羊を放し、管理して造られた田園光景は、英国人のあこがれだ。田園地域や森、海辺はとても人気のある訪問地だ。ガーデニングは国民的趣味だし、生徒が野外授業で使う日数は推定で年間延べ300万と言われている。

観察小屋と観察小屋を結ぶ道の両わきは盛り土がされている。

 環境保全・教育団体の歴史も当然長いが、驚くのはその大きさだ。
 ナショナルトラストは1895年に設立され、会員数は300万を楽に越える。1889年から活動している王立野鳥保護協会(RSPB)の会員数は2004年現在で102万人、年間予算5千万ポンド(約100億円)、1,300人の雇用者と8,800人のボランティアを抱える。
 日本の人口は英国の2倍以上。けれど、1968年設立のナショナルトラストの個人会員は三千人、1970年活動開始の日本野鳥の会の個人会員は5万5千人だ。

 RSPBは全英に176ヶ所のネイチャーリザーブを持つ。
 その中でもっとも大きな環境教育施設を持つとされる、ベインファーム(Vane Farm)に出かけた。エジンバラ市から40キロほど北に位置するレーベン湖のほとりだ。
 湖一帯は政府の環境保全機関の管理下にある国立自然保護地域で、その230ヘクタールの湿地や森林地帯をRSPBが管理している。毎年、7千の学校から6万人の生徒がやってくるという。

 薄曇りで気温は15度くらいだろうか。受け付けを終えて外に出て、道路の下をくぐるようにできているトンネルを抜けてリザーブの中に入る。歩道の両わきはちょうど人の高さくらいの盛り土がされていて、湿地側は何も見えない。鳥を脅かさないための配慮だ。
 人は、カモフラージュされた「ハイド」(隠れ家)と呼ばれる小屋に入って、鳥や動物を観察する。湿地に面した一面はガラス窓。すぐ前で、赤い飾りを顔に付けた真っ黒いバンが、背の高い水草をかき分けながらひょこひょこ進んでいた。

「ハイド」と呼ばれる観察小屋。

 最初のハイドには、エジンバラの10キロほど東の町から来たという初老の男性が、じっと双眼鏡をのぞいてはメモを取っていた。続いて入ってきた地元に暮らす女性は、大きな望遠カメラをセットした。
 この湖は、たくさんのアヒルやガン・カモが営巣し、越冬することで世界的に知られているという。日本にもいるキンクロハジロが無数に浮かんでいる水面めがけて、ユリカモメがけたたましい叫び声を上げては急降下していた。

 再び外に出ると、メイフライ(五月バエ)と呼ばれる小さな虫が多量に空を飛び交っている。鼻から入って来そうで、息を殺し口をふさいで歩いた。

ハイドの中。

 再びトンネルをくぐって湿地を後にし、山を目指した。
 まず草原が広がり、ピクニック用のテーブルなどが置いてあるが、その脇に林があった。林と人が歩く開かれた草原地は、葦でできた壁で仕切られている。壁には所々にすき間をあって、そこから人が林の方をのぞけるようになっている。そこから1メートルくらいのところに、小鳥の餌付け容器が取り付けてあって、エサを夢中で食べる鳥を近くでゆっくり見ることができる仕掛けだ。

この葦の壁があるだけで、エサを食べる鳥を近くで観察できる。

 森に入ると、カバなどの広葉樹が植林されている。時折ある木の名前の表示や、鳥の説明、巣箱の説明などを読みながら、頂上まで細い山道をたどって約30分。あたりには羊が草を食んでいる。展望を遮るものがないので見晴らしがいい。
 上から見下ろした湿地は、大きな光景の中で小さく見えた。その中で、訪問者が行ける3つのハイドのある場所は本当にわずかな範囲だ。管理されている場所とそうでない場所の区別がはっきりとつく。今いる小さな山と湿地の間には車が高速で走る道路が切れている。

 人間の活動と保全地域を遮断し、野鳥を楽しむためには鳥と人間との間に壁を作る。水位を人工的にコントロールして水鳥の営巣に最適な環境を作るなどしながら、鳥の種類は確実に増え、2002年には145種類の鳥が記録されている。
野鳥はここからシベリアやアイスランド、ヨーロッパ各地に渡っていく。ここが保全されていなかったら、と考えると、RSPBの活動意義がよくわかる。
 教育的にもたくさんの素晴らしい工夫がある。でも何だか動物園のような気持ちがした。違いは、人間が囲いに入って自由な動物を見ているという気分か。

歩く途中、ところどころ立っている「マグ二ポスト」。上に拡大レンズがついていて植物などを細かく見れる。

 もはや野生生物は人から切り離さなければ守れないのか。人工的に維持された環境を作らなくては野生動物も生存できないのか。ひとはそこまで地球を変え、動物とたもとを分かっているのか。もう「野生」が「自然に」存在できないのだろうか。

 「環境保護」の考え方については世界中でさまざまな議論がある。徹底した技術管理による環境保全のやり方や、ここに見える人と自然の関係の捉え方がいかにも英国的だと感じた。

 最後に、ビジターセンター二階のコーヒーショップに入って驚いた。
 ここもりっぱな環境教育施設だった。
 壁中に鳥の情報が貼ってあり、今日見えた鳥のリストと簡単な情報が白版に書かれている。ベインファームの環境が絵で示され、インタラクティブな楽しい方法で生態と生き物についてのクイズがある。足跡から鳥を当てるクイズは、大人も子どもも楽しめる。
 家族連れが、大きなガラス窓沿いに設置されていた望遠鏡をしばらく占領し、興奮しながら何やら話し合っていた。彼らの後で私も覗いてみた。

コーヒーショップからも野生動物が観察できる。

 望遠鏡は大変性能がよく、遠くにいる鳥たちの表情までくっきりと大きく見える。まず白鳥が二羽、じっと水面に浮かんでいるのがフレームに入っていた。そして少し動かして思わず声を出した。アカギツネがじっと立っていた。何かを狙っているのだろうか。動き出した。その手前にウサギがいるのがわかったが、キツネはウサギに関心を示さずに移動してとうとうぴょんと飛び跳ねて、起伏のある反対側へ姿を消した。
 ガラス越し、望遠鏡を通した向こうの世界で繰り広げられている、野性の生き物たちの時間に息を飲んだ。肉眼ではただの湿地の景色に過ぎなかった。

 「こりゃあ、おもしろい」。
 動物とは隔離され、檻に入っている感じはあるけれど、また他のRSPBのネイチャーリザーブに出かけてみようと思った。(5月17日 エジンバラにて)

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